善悪のバランス

 障害者やマイノリティに対する権利保護を訴える方々は、自身の寛容さをそこにすべて注ぎ込んでいるからなのか、一方で別に障害者ではなく、生活保護受給者でもない、単に仕事ができない人、ネット上で頭の良くない人、あるいは政治家などの権力を負う人間などに対しての悪意のぶつけ方は凄まじいものがあると常に感じる。

 人権を重んじて寛容な彼らには、別の場所で人権を剥奪してめちゃくちゃに罵ってもいい絶対悪な存在がバランス上必要になるのかな、と想像している。人間、簡単に善人になれるほど甘くはないのだ、と。