そもそもの話として、「流行語大賞」はユーキャンという会社が主催しているという。同様にもてはやされる「今年の漢字」は漢字検定協会が決めているそうだ。

 

もはや、年末の風物詩ですね、と言わないばかりにこの2つは毎年テレビに取り上げられるようになっている。なってはいるが、一民間企業が勝手に決めて勝手に発表しているところのものを、NHKを始めとする放送局全てがこぞって「今年はこれなんですよ」と伝えてくるのはどういうことだろうか、と不思議に思っている。伝える義務などまったくないのに。

 

端的に言って、知った事か、なのだ。私が選任したわけでも、選挙で選ばれたわけでもない、ユーキャンが勝手に決めた有識者が、何かの客観的なデータに基づいているわけでもなく、印象で「今年の流行はこれ」と言っている。なぜか清水寺の坊さんが今年の漢字を書く。なぜか外で書き上げ、それをカメラが取り囲む。何の儀式だろう。別に何の伝統も決まり事もない。協会が勝手に始めたことだ。

 

が、伝統はこうやって作られていくのだろうか。全国にちょっと意味の分からないお祭りなどは確かにある。それらもスタートはこういったことだったのかもしれない。

 

そういうものなのかな、とすんなり見流していくのが一番スマートなのだろううが、私個人はやはり、こんなくだらないもの、やめてしまえばいいのにと思っている。

 

流行語大賞とされる言葉たちの流行していないっぷりはどうだろうか。今年の漢字に何がなるのか知らないが、何がなっても「そう言えばそうだろうけど、そうか?」という着地点はどうしたらいいのか。そもそものこととして、スポーツ選手などに「あなたにとって○○とはなんですか?(様々な要素があるにもかかわらず)一言でお願いします」と同じ、本質的に無理な質問とその答え。

 

昔はメディアが「こうだ!」と言えば、皆がそれを信じて本当にそうなっていたし、そうした中にいることの一体感、というようなものも確かにあったと思うが、今はメディアがこうですよと言ったところでウソだ、そんなわけないよという人が一定数は出てきている。そもそも「流行に乗らなければ」という強迫観念も、過去に比べたら薄れているのではないか。昔のままの構造だったら、ハロウィンはもっと本格的に盛り上がっていたと思う。

 

すでに、「今年の漢字が決まると年の暮れって感じだね」と、素直に乗っかってあげている人もいることとは思う。別にそれを悪いとは言わないが、なんでそこまで素直に決められてあげてるの?と不思議だ。