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「セメント樽の中の手紙」という小説がある。いわゆるプロレタリア文学というやつで、教科書で読んだ人も多いと思う。


主人公はセメントの粉をかき混ぜる機械に投入する仕事をしている。鼻がセメントでごわごわになりながら作業する中、セメントの入った樽の中に手紙も入っているのを見つける。帰宅して読むと、恋人をセメント工場の事故で失った女性からの、悲痛な思いが書かれていた。主人公は酒をあおり「へべれけに酔っ払いてぇなあ、そうして何もかもぶち壊してしまいてぇな」とぼやく。


プロレタリア文学、と言っても、この話の中に労働者の権利を守ろうといったスローガンは出てこない。かすかに読み取れるのは、手紙の女性が、恋人の身体が混ざり込んでしまったセメントを金持ちの邸宅の床に使ったりしないで欲しい、と書くところくらいだ。


この作品、事故で恋人をなくす女性の気持ちに共鳴するものだが、テーマとして主人公の変化が挙げられる。冒頭の主人公は、鼻毛がセメントだらけになるような劣悪な労働環境で日々を過ごしているが、そのことに疑問を持っているわけでもない様子である。さほど自分が不幸だとも抑圧されているとも自覚していないのだ。


しかし、女性の手紙を読んだ主人公はどうにもならない気持ちになり、酒を飲んで「何もかもぶち壊してしまいてぇ」と怒鳴る。彼は、作品中では「学のない人間」として描かれている。本など読まない、権利意識の低い、世の中はそんなもんだ、とやり過ごしている人間だ。それが他人の話を聞くことで、客観視し「これはおかしい、何かが間違っている」と気づいたのだ。しかし、じゃあどうしたらいいか、など皆目見当もつかない。そんな思いの出口が「何もかもぶち壊したい」なのであろう。


紹介が長くなったが、この主人公の気持ちと同じ状況を感じていた多くの人がトランプ氏に投票をしたのだろうと思う。あのような差別主義者に票を入れるなど考えられない、というように、差別の段階で思考を停止させているようでは、彼らのことを理解は出来ないだろう。それが分断の原因だ。彼らはそのようなことより「何もかもぶち壊したい」なのだ。それも、別にアメリカが焼け野原になればいいとか文字通りのことを言っているのではもちろんない。


本当は平穏に過ごしていたあの時に戻りたい。しかし戻れない。あるいはもともと平穏でもなかった。だったら、とにかく今の状況を変えたい。今のままではダメだとわかっているのなら、「とにかく今のままではなくなるほう」を選択するしかないではないか。


そう考えると、トランプ氏を快く思わなくても彼に票を入れる人の気持ちが何となく想像できる。そこには、「できっこないことを今は放言しているが、本当に大統領になったら出来ないことは出来ないと分かるだろう」とか、「トランプが勝つなどありえないのだろうが、民主党の肝を冷やさせるだけでも意味はある」といった、「トランプに投票してしまう自分の正当化」があったと思う。


トランプ氏がそうしたことまで計算していたかどうかは分からないが、少なくともクリントン氏はそのようなことは想像していなかったようだ。彼女は本来なら現状を維持するなどではなく、トランプに負けじと「とにかく変えるんだ」「これまでのようにはしないのだ」というメッセージを送らなければならなかった。しかしそれはできなかった。戦略ミスもあるが、そもそも彼女の依って立つところが現状維持を目指しているのだから仕方がない。彼女は結局、負けるべくして負けたのだ。

 

「セメント樽の中の手紙」において、主人公のような人が願う何もかもぶち壊したいと願う対象は、つまり「その時の世の中」だったわけである。クリントン氏を支持していた人たちにとっては、彼らがなぜ弱者にも関わらずトランプ氏を選ぼうとしたか、やはり理解は出来ないままなのだろうか。彼らが求めるのは「変化」であって「正義」ではない。いや、この場合は、正義とは変化であったのだ。